結婚18年を夫との関係でステージ化してみる

子育て
DSC_2504

結婚して子どもができると夫とのケンカが増えませんか?

私はそうでしたよ。

夫にイライラして余裕がない、小さな子どもを育てている方に、今いる自分の位置やこの先10年くらいをお見せできればと思いまとめました。

ちなみに私はフルタイム、子どもは2人という家庭環境。

しかも結婚と同時に夫が病気になり、大黒柱も担っていたというバックグラウンドです。

さて、これまでの18年をステージにわけるとこうなりました。

結婚初期~子どもが生まれる直前

お互いを見つめて、協力するステージ

結婚するとき、付き合うとき、相手を見る目には魔法の粉がかかっていると私は言っています。なんでもよい方にとらえます。例えば、お金に細かくないと「器が大きい」とか。でも実は管理が苦手で将来予測してないとも言えるんです。そんな魔法がだんだん解けていくのがこの時期。そう。現実の小さな積み重ねが、その魔法の粉をそぎ取っていくのです。

それでも夫婦2人ですから、きちんと向き合っています。子どもが生まれることを待ち望んでいる夫婦なら、その子どもを身ごもっている妻を夫は大事にし、妻も初めての出産の準備をします。お互いに同じ結果に向かって協力しているステージです。

出産~保育園

夫に期待しなくなるステージ

この時期の夫婦は、凶と出ることが多いのではないでしょうか。夫の動きが妻の望むレベルにはまったく達しないからです。また、女性のホルモンの変化に無理解で、「いつもの妻」を期待するあまり、変わってしまった妻についていけてません。妻はろくに睡眠をとれず、授乳、排せつの世話など自分の時間とエネルギーをかなり割いてやります。夫は「俺にはできない」と決めつけて、別の部屋で寝たり、赤ちゃんが泣いたら「おーい、泣いてる」なんておろおろ妻にバトンタッチします。そんな夫にますます妻はげんなりしてしまいます。そして、何かをしてくれると期待するから、そうしてくれない夫をあきらめていきます。自分を守るために。怒ると疲れるから、怒らなくていいように期待するのをやめるのです。そして、妻は自分の家事育児スキルを急激に上げていきます。家事育児を野球に例えるなら、夫は中学校の野球部で、妻は甲子園出場校の野球部レベルになります。甲子園球児は野球初心者の子に手取り足取り指導する時間はありません。たまに教えることがあっても、基本的に自分で努力してここまで這い上がってこいよ!と思います。

小学校から高校

過去のことは思い出さず、もう一度お互いを見始める時期

子どもの出来にもよりますが、割としっかりした子なら小学校高学年になるころには自分で起きて、宿題もして、忘れ物チェックも自分でして、、、と親がいちいち世話を焼かずとも独り立ちしてきます。息子はそんなことできなかったので中学3年生まで色々世話を焼いていました。娘は小学5年生ですが、ほとんど「見守り」程度でOKになりました。

となると、子どもに視線を注いでいたものが、だんだん自分に注げる余裕が少しできてきます。

そう。憧れの一人の時間を楽しめ始めるのです。

子どもが赤ちゃんのころも一人の時間を少しは取れると思いますが、それは本当の意味で無理です。だって時間も限られているし、「自分がこうしている間…」と頭のどこかで子どもやその面倒をみている夫などが気にかかっているからです。

妻が本当に一人の時間をリラックスして楽しむためには、子どもと夫が安心安全で楽しく過ごしている、という条件が必要です。私は義母が遊びに来てくれて、夫と子供と過ごしてくれたとき、はじめて「この時間を楽しんでいいんだ」と自分に許可できていました。皆ハッピーだから。そんな状況でないと心から楽しむことはできません。

すこし余裕ができると、夫の言動に思いをはせることができはじめます。ひょっとしてこれは私のためにしてくれたのでは、ひょっとしてこれは夫のやさしさなのでは、と。子どもにほとんどのエネルギーを注いでいた妻が、その必要が薄れてきたとき、はじめてまた夫をひとりの人間として認知し始めるのです。戦力外通告していた選手を改めてじっくり観察してみると、彼なりにがんばっているじゃんと思えるような?書いていてちょっとひどいなと思いますね(苦笑)でも家事育児に関してはそんなものです。ほんと、実力の差が開きすぎていてお話にならないんですもの。

結婚18年目の今

過去は色々ありましたが、忘れます。ほんと。もうね、思い出さないんですよ。思い出したところでもうあの頃には戻りたくない、戻れない、ですから。笑っちゃうのが、私がしてあげたことを夫は覚えてないし、夫が私にしたひどいことも覚えていないのです!もうね、笑うしかありません。喉元過ぎれば熱さは忘れるとはよく言ったものです。私は、「あれだけ頑張ってきたんだから、あれだけしてあげたのに」なんて思いたいですけど、当の本人はピュアにもう忘れているんですもの。まあ本当の意味で忘れていないにせよ、もう今となってはあまり取り出してみても意味のない代物になっているのです。不遇のアイドル時代を支えた彼女ではなく、その後出会った芸能人と結婚する、みたいな感じでしょうか。あの頃はサンキュー、でも今は今、みたいな?

私がいくら過去の功績を取り出して見せたとしても、相手がそれに対してそれほどまでと思っていなければ、威力のないものです。そしてそんなことを考える自分も、小さく下品に見えてくるのです。

もういいや。過去は過去。今は今。これからをどう楽しく生きるか、が大事。

たくさんのケンカをして、後味の悪さや空気の緊張を経験します。そして、一つ屋根の下、毎日顔を合わせる相手がピリピリする存在なのは本当に疲れるとわかります。仕事のモチベーションも下がります。だから、あのような状態はお互いに避けたほうがベストと腹落ちするのです。

すると、地雷がわかるようになり、回避の方法もわかってきます。すると、ケンカが減ります。

そこに、余裕ができたから見えてくる相手のやさしさの一つでも感じてごらんなさい。この人は敵ではない、この人はこんな優しいところもある、なんて少しそっちのほうに針が触れると、自分も武装解除でき始めるのです。

すると素直にありがとうが言えるようになったり、相手を気遣うことが増えたりします。そうなるとしめたもの。どんどん穏やかな夫婦関係を築くステージに入っていきます。

18年目の今、そう感じます。戦争でボロボロで、自分と子どもを守るのに必死だったけど、ふと目の前に戦友が立っている。気づかなかったけれど戦友もいろんなところにケガをしているんだな、と。そして、そのいくつかはひょっとして私が傷つけちゃいました?的なことにも気がついてしまいます。「お互いさまだね」と許し合えるようになるんです。清濁併せ呑む。嫌なこともあったけど、もういいね、と。

子どもが実際に家を巣立ったら、ますます見るのはお互いしかいません。結局仲良くしていかないといけない、ってそうなるんだな、とぼんやりわかってきた18年目。

その先のステージ

知り合いのご夫婦は70代後半です。お互い体は病気もち。それも複数だったり、危険な病気を持っていたり。ご主人は心臓が悪く、いつ発作を起こして倒れるかわからないので、いつも奥さんといると安心するそうです。奥さんも、自分がいないとき夫が倒れたら心配だそうです。そして共通の趣味を見つけて一緒に過ごしてあります。バラバラの趣味もお持ちなので、つかず離れずの距離で、奥さんは家の中、ご主人は庭いじりをして楽しんでいらっしゃいます。

「だってもう二人しかいないもの」

そう笑う奥さんを見て、結婚して40年を過ぎるとこのステージにたどり着くんだなぁと、拝みたい気持ちになりました。

結婚は面倒なこともあるし大変なこともいーっぱいです。でも、「だってもう二人しかいないもの」といつも誰かと一緒にいた40年越しに得られる安心感は、一人では絶対に手に入りません。大変なことの後はそれだけいいことがあります。

私はあと20年後、しわしわで、ハゲて、痩せこけた夫と「二人で生きてきたねぇ。」と寄り添っていたいと願っています。

そう書きながらなぜか涙が出てしまいました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました